価値のタイムラグ 伊藤

お米を作ってそれを売ってお金を得る。労働の対価でお金を得る時、価値の整合性がある。投資で得られる価値には整合性があるのか?株の価値が上がったのだから整合性がある、と言い切れるか?株の売却で5000円の利益が出たとして、それでお米10kgを買えたとする。お金の使い方ルールとしては何の違反も無いけど、価値が等価に交換された気がしない。お米の明確な価値に対して、投資の利益は上下する相場のタイムラグを利用して価値を肥大させただけ、と感じる。極端な話、世界中の人が労働や生産をして互いに価値交換する社会は循環していけそうだけど、世界中の人が投資だけで儲けて循環していけるわけがない。労働で得た5000円と、株の売却やFXで得た5000円、おなじ5000円ではあるけど、健全性が違う。成り立ちの全然違う5000円が、買い物の段階で同じように機能できるなんて問題があると感じる。投資や金融の仕組みは、最初、必要としている人場所に力を集めて社会を推進させるに役立ったけど、投資から利益を得る仕組みが巧妙になるにつれ、相場タイムラグをタイミング良くついて額面を増やしているだけの仕組みになってしまっているように感じる。額面だけ肥大させた価値に対するツケを、社会全体が払わされているのでは?と感じる。金融危機に対して公的資金が投入されるのも、そういうイメージな気がする。株の空売りという言葉をゲームストップ株が話題になった時に知った。空売りとは、下落しそうと目星をつけた株を下落前に株保有している人から借用して売る、下落後に同数の株を買い戻して元の保有者に返す、という下落しそうな株から利益を得る一連のオペレーションだそうで、倫理的にどうなんだろうと思う。ゲームストップでは空売りを失敗させるためにみんなで株を買って株価を上げ、空売りを企んでいる人に大損をさせてやろうとsnsでたくさんの人が動いた、ということだそうだ。一部認識が違ってるかもしれないけど。額面だけ増やすような取引はそもそも違法だと、ずっと早い段階で決めるべきだったんじゃないかと思う。