資本論 伊藤
お金の流れの上流・下流と立場の強弱についてもう少し考えると、下流の方が本来立場は強いはずなのでは、とも思える。飲食店でいくらお金を積もうとも、店主が料理を作ってくれなければご馳走は食べらない。ご馳走という価値を作り出しているのは飲食店で、その価値をお金と引き換えに分けてもらうのが客。作り手がいなければ、それを買う可能性すら生まれない。ものを作るという事は明らかな価値を生み出す行為で、資本主義が存在してもしなくても、社会からリスペクトされるものであり、作る行為の中には充実感や喜びがあるのも当然のはず。価値の主役は作り手側で、お金を出してそれを分けてもらえる客はラッキーだ。という見方もできる。というか本来はそうだと思う。でも普段の生活での実感は、転倒していると感じる。充実とリスペクトのモノ作り、対、時間を切り売りする虚しい賃労働。どっちにリアルを感じるか。